先日、会社で人からある本を勧められた。「Time of eternity~告別~」というタイトルで、おそらく副社長の岩瀬が会社に置いている本の一冊だと思われるその本を、勧められるまま持ち帰り、帰りの電車の中で読んでみることにした。
葬儀屋さんの本いうことで、様々な葬式についての短編ストーリーが書かれており、私は目次で見つけたある一つのストーリーから読み始めた。
数分後、電車の中だというのに、ぼろぼろぼろぼろと涙が止まらなくなった。
そのときふと、ふと、6年程前に他界したじいちゃんのことを思い出した。
生前、私が神戸で仕事をしていた頃、たしか誕生日か何かで実家のじいちゃんに送ったプレゼントが届いたとかで、母から携帯電話に電話がかかり、じいちゃんと話をした。
オフィスにいる時だったので、こそっと小さな会議室に移動して会話を続けた。
そのころ、じいちゃんは、寝たきりとまではいかないが、ほとんど体を動かさなくなり、少し痴呆も進み、同じ会話を繰り返していた。
でも、会話の内容は普通にできていて、昔と変わらないおだやかなじいちゃんだった。
「ひろゆきは、何歳になったんかね。」
「30歳」
「ほお、、、そうか、そんなに大きくなったとかね。 元気でやっとうかね。」
「うん、げんきでやっちょうよ。」
「仕事は大変かね」
「うん、大変やけど、なんとなんとかやっちょうよ。」
「病気とかしちょらんかね」
「うん、大丈夫、元気にやっちょう。」
この会話が何度となく繰り返されているとき、今まであまりしっかりとじいちゃんにお礼とか言ってなかったなと思い、照れもあったが言葉を変えてみた。
「病気とかしちょらんかね。」
「うん。 じいちゃんのおかげで元気になったよ。 乾布摩擦とか俺が小さい頃ずっとやってくれたおかげやね。おかげで本当に元気になったよ。 ありがとう。」
そこから、じいちゃんは言葉がつまり、小さく「ぅ、、ぅ、、、」と声を漏らした。
母が電話を替わり、
「ひろゆき、ありがとう。おじいちゃんうれしいって泣きようよ。」
それから、1年くらいたったころだったか、じいちゃんは他界した。
大往生だったので、つらい別れではなかったし、何より、自分が小児喘息などで病弱だったのをじいちゃんが乾布摩擦したりしてくれたおかげで健康になったことのお礼を直接言えていたことで救われた。
で、冒頭の葬儀屋さんの本を読んで、なぜじいちゃんのことを思いだしたのか、というと、その葬儀屋さんが故人のことと家族のことを考え抜いて、それぞれの家族にあった葬儀を演出することで、残された家族を少しでも幸せにしようとしていること、それと、私自身が、じいちゃんの葬式のときに、なにかもっとしてあげられないかと感じたことから、フラッシュバックのように、じいちゃんのことが思い出された。
そう思わせるこの葬儀屋さんは、きっと素敵な会社なんだろうな、と。
故人の気持ちを大事にし、残された家族の心の寂しさを感動で満たす、葬儀屋という仕事は実はそういうことができる仕事だったんだと、初めて気づいた。
生命保険というものも、人の死に関わる仕事であり、残された家族への保障を提供するもの。
なにか少しでもこの会社から学びたい、と思ったある日の通勤電車の中の出来事でした。
コンタクトセンター 森山