真面目で律儀なスーパークールビズ

投稿者:
ライフネット生命 スタッフ

システム部の吉見です。

それにしても、暑かった・・・ですね。今年の夏は格別に。過去形にしていいものか微妙ですが。
この格別暑い夏を、エアコンだけに頼ることなく乗り切るため、世間ではいろいろな工夫が試みられました。クールビスという名のドレスコード改訂もそうした工夫のひとつです。

クールビズという言葉は、2005年、環境省のキャンペーンでつくられた言葉だそうです。
以来数年。言葉としてはかなり定着した感がありますが、その実態は、「ネクタイをはずしてもいい」というレベルのものであったように思います。
つまりは「ノーネクタイ・ノージャケット」。「スーツ着用」というドレスコードの本体はそのままにして、脱着可能なアイテムの「脱」を可とするだけのコード変更でした。

しかし、今年はスーパークールビズ。クールビズを超越せねばなりません。
このことは何を意味するかというと、「単なるクールビズ」レベルでは依然として書き換えられなかったドレスコードの本体が、ついに書き換えられるということ。あの「スーツ着用」というドレスコード界の巨魁との対峙です。これは、これまでスーツ着用を頑なに、律儀に守ってきた企業にとっては一大事。「スーパー」たるゆえんです。

この一大事にあたっての、とまどいとためらいをいくつかの企業の今夏のドレスコードから探ってみました。
※調査対象の選定は作為的に行いました。とても「真面目で律儀」な企業を選んでいます(有効回答数は6)。
※客観性は保証の限りではありません。この点はご寛恕を。

■ドレスコードの名称に、すでに「とまどいとためらい」が見え隠れする
【例1】 ビジネス・カジュアル・ガイドライン
「ビジネス」、「カジュアル」、「ガイドライン」。どの言葉も極めて価値中立的な言葉です。一般的過ぎてその言葉自体、善いも悪いも含意しない、ある種温度の低い言葉。こうした価値中立的な言葉を連ねることにより、あえてサラリと涼しい顔で受け流すあたりが、却って怪しい。慣れないポーカーフェイスが逆に、とまどいを伝えてしまっているパターンです。このパターンは結構ありました。多数派です。

【例2】 ○○流 『スーパークールビズ』について
○○という部分には会社名が入ります。
このパターンはスーパークールビズにあえて『』を付けているあたりに、ためらいが見られます。つまり、スーパークールビズを『』で括ったのは、それが外来種であることを示すため。スーパークールビズは世の趨勢であり、これに抗うことはできない。だから我々も受諾するのだ。というストーリー。ただ、黙って甘受するのではなく、せめて俺(私)たち流に行こうぜ。そういう矜持が「○○流」の部分に込められています。

【例3】 特別夏季軽装基準
「夏季軽装」はクールビズ、「特別」はスーパーのことでしょうか。字面だけを見ていると体感温度が2、3度上がりそうな気がします。
ちょっとムリ目な漢字の使用に加えて、本来の服装のあくまで簡易版であることを示す「軽装」という言葉、期間限定であることを示す「夏季」という言葉、更に、通常ならざるものであることを強調する「特別」という言葉でダメ押しする。というあたりに、最大限のためらいが見てとれます。

■但し書きは、「とまどいとためらい」の宝庫
ドレスコードの構造は、どれも同じです。最初に基本理念を謳い、原則を示し、例外を規定する。
この例外規定が「但し書き」なのですが、「但し、○○は可とする」というパターンにせよ、「但し、○○は不可とする」というパターンにせよ、「あえてそれを明記する」という点がポイントです。あえてそれを明記することによって、暗黙のドレスコードの存在が示唆される。例えば、「但し、○○は可とする」とあえて書かれることによって、逆に、「えっ、実は今まで○○はダメだったの?」ということが分かります。但し書きはOKとNGを隔てる分水嶺であり、明示と黙示が混在するグレーゾーンに引かれた一条の境界線でもあります。あるいは、喧々諤々と議論を重ねた論点の帰結とも。なので、畢竟、但し書きは「とまどいとためらい」の宝庫と言えるのです。ということで、以下、気になった但し書きをいくつかご紹介します。

■シャツの裾をズボンの中に入れることは必須としない
「シャツの裾をズボンの中に入れること」の適否は、とても懐かしい論点です。ノスタルジックな香りがします。思い返せば中高生の頃。思春期特有の肥大化した自意識のもと、私もよく、校門を出て先生の目が届かなくなるあたりで、シャツの裾をズボンから出したものです。
「シャツの裾はズボンの中に入れるべし(もしくは、入れなくてもよい)」ということを他人から言われたのは、あの十代の夏以来。この問題は、ストイックな制服文化固有の戒律だと思っていましたが、意外にも、企業のドレスコードの中にまで脈々と受け継がれていたのですね。

■アロハシャツは可とする/ジーンズは可とする
アロハシャツとジーンズは、やはりシンボリックな存在のようです。この2つのアイテムはほぼすべての会社で明示的に取り上げられていました。
これも学生の頃。「夏は青少年にとって誘惑の多い季節です」という定句で始まる夏休み用保護者向けプリントには、非行の兆候を見分けるファクトとして、ほぼ必ず、アロハシャツが列挙されていたように思います。あとサングラスも常連ですね。
ジーンズはちょっと意味が違っていて、これを特別視するのは、ジーンズが「若者を象徴するファッション」であった時代(60年代、70年代)の残り香がします。セピア色したちょっとイデオロギッシュなあのテイストです。

■くるぶしまで隠れる長さのものに限る
これは男性固有。ズボンの長さに関する規定です。
有史以来、くるぶしという言葉がこれほど使われたことは無いのではないか、と思うくらい、今夏はくるぶしに着目が集まっているようです。くるぶしブームと言っても過言ではありません。
短パンを明示的に禁止しつつ、但し書きとして、くるぶし境界が規定されている。公序良俗の観点から、着衣によって覆い隠すべき身体部位として、くるぶしが挙げられているのかといえば、そうではなさそう。同様の規定は女性には適用されていないし、また、「靴下等でくるぶしを覆う場合はこの限りではない」といった更なる例外規定もないので。では、なぜくるぶしが突如、ズボン長のフロンティアに躍り出たのか。正直、よく分かりません。なので、この規定、来夏はどのようになっているかがとても楽しみです。

■下半身がスラックスの場合は、襟のあるものに限る
これも男性固有。上半身と下半身の組み合わせに関する規定です。
この規定の趣旨については、2つの説があるそうです。まず第一に、「おしゃれ」の観点から会社がコーディネートに容喙しているという説。下半身がカッチリとしたスタイルなのに、上半身がTシャツでは格好悪いでしょ、という老婆心の表れです。そして第二の説は、いくら暑いからといってオフィスに着いてからシャツを脱いでTシャツ姿になることはやめましょう、という脱衣禁止の趣旨だとする説。私の友人は後者の説を支持。彼のオフィスは冷房の設定温度が異様に高く、また、ほぼ男性だけの職場なので、夕刻になるとシャツを脱いだり、ズボンの裾を捲り上げる(くるぶし露出)といった行為が常態化しているそうです。私も、「スラックス」という表現を使っている時点で「おしゃれ」とはかなり遠いように思えるので、後者の説を支持しています。

■ゴルフウェアも可とする
何だかとても不自然に、ピンポイントでゴルフウェアが名指しされていました。
ここからは推測ですが(というか、ここまでもすべて推測なのですが)、この規定は、かなりハイレベルなマネジメント層の意向が働いたものと思われます。やんごとなきポジションの方が、「こういうのは若い人にはいいよね。でも、僕らみたいな世代は、スーツとゴルフウェアしか持ってないからな~。」という一言を何の気なくおっしゃる。それを聞いた部長が意向を忖度して、課長あたりに「おい、ゴルフウェアはOKか至急確認しろ」みたいな指示を出す。課長は課長ですごく真面目に「元来ゴルフは紳士淑女のスポーツであり、そのドレスコードは本件規定の趣旨に親和的である。しかし、最近はゴルフウェアもカジュアル化し、ファッションとして楽しむ風潮が一部ではあり、細則まで含む本件規定とすべて整合するかは、なお、検討の余地がある」みたいなレポートを上げる。議論はしたものの、結局、誰も決められなくて、「但し書きに小さく書いておくのが無難」という結論になった。そんなドラマが目に浮かびます。

以上、スーパークールビズ規定に関する個人的見解でした。
総じて言えるのは、今回ご協力いただいた各社の真面目さ、律儀さがとてもよく表れていたということ。これはある種愛すべき真面目さ、律儀さだと思います。

最後に。ライフネット生命では、クールビズに関するモバイルリサーチを実施し、その結果を公表しております。
こちらも、ぜひご覧ください。
『クールビスに関する調査』 2011年8月5日


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