新人にドヤ顔で言いたいフレーズBest3

投稿者:
ライフネット生命 スタッフ

2015年度もはや5ヶ月が経とうとしています。最近、研修を終えた新人が配属されてきたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。かくいう私のチームにも新人がやってきました。ここで突然ですが「新人にドヤ顔で言いたいフレーズBest3(当人調べ)」をご紹介します。ただし当社は保険会社ですので、使用シチュエーションに加え「使用時のリスク」も明記します。ディスクレーマ、大事。

第3位:神は細部に宿る

【シチュエーション】
例えば、エクセルで作らせた表のフォントサイズがばらついている。
例えば、パワポで作らせた資料にデータのソースが書いてない。
「これねえ、資料が独り歩きした時のこと考えてる? みんなが見ることを考えて作らないと。神は細部に宿るっていうでしょ」
でたーっ。単に細かいことを指摘するだけだと上っ面では従いつつうるせえなあと思われちゃうから如何に細部が大事か正当性を確保しつつ叱る時のセリフっ!!!まあ大事ですよねそういうのいろんな意味で。実際データのソース書いてないと困りますし。

【リスク】
「神は細部に宿るって、どういう意味ですか?」
「神は細部に宿るって、誰が言い出したんですかね?」
意外にこのフレーズ聞いたことない人もいるようです。また知っていても日本の慣用句ではないためか由来を知らない人が多く、「一応一言言い返しておきたい」生意気な新人だと「誰が言い出したのか」とか余計な深堀りを仕掛けてくる可能性があります。ここでぱっと語源を言い返せるとかっこいいんですが、調べてみたところ実は語源がはっきりしないようです。このフレーズを有名にしたのは近代建築三大巨匠の一人、ミース・ファン・デル・ローエ。が、並行してドイツの美術理論家、アビ・ヴァールブルクが「神は細部に宿り給う」をキーフレーズに自分の美術理論を展開していったようです。それ以前にも『ボヴァリー夫人』で有名なフローベールとか、イギリスの社会思想家、ジョン・ラスキンが言ったとか言わないとかで、出自は非常に曖昧です。

さらに面倒なことに、ヴァールブルクは「神が細部に宿ることがあっても結局細部は<全体>に統合されることが大事」という意味でこのフレーズを使ったらしく、「ディテールの精度が大事」という一般的な意味とだいぶニュアンスがずれます。むしろ逆ではとも思えるくらいです。ヴァールブルクはイコノロジー=図像解釈学の人なので、確かに細部のアイコンが全体の解釈に影響をあたえることを強調する、というのはありえそうです。

ちなみにこれは個人的な解釈ですが、このヴァールブルクの理論はルネッサンスの画家兼美術理論家、ジョルジョ・ヴァザーリの影響を受けているのではないでしょうか。ルネッサンス期のイタリアで、ヴァザーリはその著書『美術家列伝』で、「美術家はその制作活動を通じ、自然界に散らばった<完全なる美>の断片を集め、<完全なる美>を再構築する」という考え方を著しました。一見すると神という言葉は出て来ませんが、この理論の裏には「神の創造物たる自然は常に完全である」というキリスト教のテーゼと、プラトンのイデア論=目に見えるものはすべて不完全であり、目に見えない理想形「イデア」がある、という理論の折衷があります。ルネッサンスの画家たちは制作を行う際、当時イスラム世界を経由して「逆輸入」されたプラトンの理論と、キリスト教のテーゼ両方の立て付けを守る必要がありました。そこで出てきたのが「もともと完全なものが散らばっちゃって不完全な状態にあるので、絵を描いたり彫刻を作ることでそのピースを集めて完全形を取り戻すんだよ」という折衷案です。ヴァールブルクの「細部は全体に統合されることが大事」というのは、このヴァザーリ的な芸術理論によく似ています。無論、キリスト教界においては自然のものはすべて神の被創造物なので、その「細部」にも神は宿っているのでしょう。なので「神は細部に宿」りつつ、それが「全体に統合される」ことが重要、と。なおこんな解釈をしているのはググったところ(ウェブ上では)このエントリ以外になさそうなので、新人にドヤ顔で使ってもパクリだとバレます。念のため。

第2位:弘法筆を選ばず

【シチュエーション】
先輩「このクリエイティブ作るのになんでこんな時間掛かってるの?」
新人「いやー学生時代大学のMacには最新のフォトショが入ってたんですけど、ここのやつバージョンが古いじゃないですか……」
先輩「いやいやフォトショとか所詮ツールだし。弘法筆を選ばず。道具を言い訳にしないでね」
でたーっ。単に予算をケチってバージョンアップさぼってたのをうまーく言い逃れてる感もあるこのフレーズ。とはいえツールを言い訳にされると確かにイラッとしますよね。

【リスク】
新人「僕弘法じゃないんで、筆を選びたいっす」
開き直りパターン。まあうんそうだよね……となるやつですね。ちなみにこのフレーズ自体は「神は細部に宿る」より出自がはっきりしています。が、これも調べてみるとどうも解釈がいくつかあるようで、弘法大師=空海自身はかなり筆を選ぶ人で、「出来る人は道具にもこだわる」という解釈だったり、逆に「弘法ぐらい上手な人なら筆を選ぶけどそうじゃない人は道具選べ」という解釈もあったりで、いまいち意味がひとつに定まりません。ドヤ顔で言った後にググられるとめんどくさいことになるので、私みたいにググりがちな小賢しい新人の前では使用を控えることをお勧めします。

第1位:木を見るな森を見ろ

【シチュエーション】
新人「この企画なんですけど、こっちの要素を重視するとあっちの要素が満たせなくて……どうすればいいですか?」
先輩「木を見るな森を見ろ。企画全体の趣旨を満たすものを選べ」

お、なんか良い事言ってる感じがありますね。この用例自体はわりと良いような気がします。ではリスクを見てみましょう。

【リスク】
新人「細かいことにこだわるなってことですか? でも先輩、さっき「神は細部に宿る」って言ってましたよね? 矛盾しませんか?」
なんとドヤ顔で言いたいフレーズ同士が対消滅するパターン。第2位「弘法筆を選ばず」は意味が定まらないので使えないし、結局このBest3全滅。世の中うかつにドヤ顔もできません。まあ「木を見るな森を見ろ」は判断のレイヤーを上げろという話をしているわけで、同じレイヤー上での全体⇔細部の話ではないはずなんですが、そういう解説をしだすとより一層言い訳がましくなる悪循環。こういう時は上記の「神は細部に宿る」の出自の話を延々と続けることで、新人に「なるほど」と言わせて話を強制終了させる手立てが使えます。そう、第3位の解釈は第1位のリスクをカバーする役割があったのです。保険は大事ですね!

なおここまで読んでいただいた奇特な方々はお気づきかと思いますが、このエントリは「先輩がドヤ顔で言いたいフレーズを紹介する」という体でその実は「配属されてきた新人に、ここに出てきたようなウザイ返し方はするんじゃねえぞと牽制する」ことが目的です。梯子外しですね。社員ブログでこんなことを書くめんどくさい先輩に当たってしまった後輩もかわいそうですが、「運も実力のうち」ってことで(ドヤ顔)。

お申し込みサポート部 伊藤 

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