「古来、きものは自由なものだった」 ~「常識」に騙されないように~

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ライフネット生命 スタッフ

実家に着物と帯がたくさんあり、せっかくなので休日は着物で出かけるようにしています。着物は、着ること自体はそこまで難しくなく、慣れれば10分ほどで綺麗に着て出かけられます。しかし、ルールが多すぎるために、今ではすっかり面倒なもの、非日常なものになってしまっています。

大手の着物学校に通っていたときは、冬物の時期はどんなに暑い日でも冬物を着るようにと言われました。冬物は10月1日~5月31日のあいだとキッチリきめられていて、これを外すと「おかしい」と言われます。また、この素材とこの素材を合わせるのは変、この部分が短いのはだらしない、披露宴にはこのレベルで行くべき、この色は何歳くらいまでならOK、ここの結び方はこうでなければいけない、など洋服では考えられないルールだらけです。こうしたルールを厳格に信仰して他人の着こなしに目くじらを立てる人のことを「着物警察」などと揶揄するのですが、そのくらい着物は面倒なものになってしまっています。

着物は本来「みんなが着るただの衣服」だったはずなのに、おかしくないでしょうか。洋服なら、春でも暑い日は半そでを着て、夏でも寒がりの人はセーターを着ます。シャツをインするかどうか、素材の組み合わせをどうするか、そでやたけの長さなど、すべてが個人の自由です。すこし変わった着こなしでも「あの人はそういうファッションなのね」ですみます。素材がポリエステルであれ、見た目がそれなりにしていれば披露宴にも出席できます。

そんな風に考えていた矢先、「きもの文化と日本(日本経済新聞出版社)」という本に出会いました。この本は、100年続く老舗の呉服屋の会長と、着物好きの経済学者が対談する形で書かれています。この会長さん、若者むけのアパレル会社を創業したあと、中年になってから実家の呉服屋に戻ったという、面白い経歴の持ち主。ファッション業界で働いていたからこそわかる、着物業界のおかしい習慣をバッサリ切っていきます。

驚くべきことに、いまの時代で言われている着物のルールは、その多くが戦後の呉服業界によって『高い商品を買ってもらうため』に作り出されたルールだそうです。成人式=振袖のように、伝統と言われていることも、実際はつい最近定着した文化だそうです。

着物はものすごく長持ちします。洋服のような激しい流行りすたりもありません。おばあさまのものや知り合いからもらったものでも、手入れさえしていれば何十年たっても問題なく着れます。でも、それでは新しい着物を買ってもらえなくなってしまうのです。

そこで、「不安をあおる」「ルールをおしつける」ことでお客さんに新しい着物をどんどん買わせて戦後の呉服業界は売り上げを伸ばしていったそうです。大手の着物学校も裏では呉服屋と繋がっているので、生徒たちに変なルールを教えこむことで、高価な着物を買わせる仕組みに加担しているのでしょう。着物警察は、そうして登場していきました。

ところが、細かいルールで不安をあおって着物を売りつけているうちに、いつしか着物は不自由で面倒くさい特別なものとなってしまい、すっかり衰退していったそうです。呉服業界は、自分で自分の首を絞めてしまったのです。

着物に限らず、「こうあるべき」「伝統」「常識」などと言われていることは、いつ誰が何のために作ったルールなのか、そのあたりを調べるとすごく面白いです。そして着物に少しでも興味のある方は、どうか古いものも自由に着てもらって、決して着物警察にはならないでもらいたいなぁと思います。着物は、ただの衣服なのですから。
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(五千円札でおなじみの樋口一葉。一番内側の黒い長襦袢の面積が大きく見えていて、現代の着物警察からは逮捕される着こなしです。当時は個人の自由でした。)

マーケティング部 貞岡

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