モノ以外の何か

投稿者:
ライフネット生命 スタッフ

お申し込みサポート部の三宅です。

先日、陶器の産地として有名な益子に行きました。
コーヒーカップと晩酌用の取り皿を探し求めて、何十件ものお店を巡りました。

その中の一軒で、ある陶芸作家のミニ展示会が開かれていました。
作家本人である若者もいて、訪れる客の反応を緊張の面持ちで見つめています。
作品は飴釉の艶やかな茶褐色で素敵なものでした。

気にはなりましたが、買い物する時は一通り見てから決めたい性分なので、とりあえず別の店へ。
隣で配偶者が、「これいいんじゃない?」「これとかもいいよね?」などと提案してきます。
まあいいかなと思うものもあったのですが、私の頭からは飴釉のコーヒーカップが離れません。

さんざん見回った結果、やはり先ほどの作家のものにしようと決意し、そのお店に向かったのですが、休憩中なのか、作家は不在でした。少し待ちましたが戻ってきません。

「買わないの?」と配偶者が聞きます。
その時、びっくりするくらい急速に、私の心はその作品から離れていました。
作家さんがいないなら別に買わなくてもいいや、と思ってしまったのです。

結局、別の店で、別のコーヒーカップを購入したのですが、帰り道つらつらと自分の購買行動について考えました。

私はあの作家のコーヒーカップを単なるモノとして欲しかったわけではないんだ。
作家からコーヒーカップを買うという経験がしたかったんだ。
作家がどういう思いでこの作品を作ったのか聞きたかった。
私が買うと言ったとき、作家がどんな顔をするのか見たかった。
そしてモノを作った作り手から直接受け取るという行為をしたかったんだ。

考えてみれば、コーヒーカップなんてどこでだって買えるし、わざわざ車に乗って益子まで行く必要はない。
それでも陶器の産地である益子でカップを買うということ、そのカップでコーヒーを飲むたびにその思い出を反芻するということ、それを求めて私は購買行動を起こしたんだな。単にモノとしての価値だけの問題ではないんだな。

生命保険会社で働く私が、お客さまにそのような経験を提供できるかわからないですが、でもモノ以外の価値も提供できたらどんなにいいだろう、そんな風に考えた週末でした。
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最終的に購入したのはこちら。途中で立ち寄った喫茶店で出されたものを気に入って。

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